死んでこい / アニメ版艦これ製作委員会と私的さいつよ陰謀論

「それでは大角川サブカルチャーコングロマリット、そしてアニメ版艦これ製作委員会より、最初で最後かつ最大の要求仕様を伝える」



「死んでこい」
「...」
「以上だ」
「...状況を整理させてください。わたしはアニメ艦これ制作現場の暫定的な最高責任者で、あなたはサブカルチャーコングロマリットの重役。わたしはアニメ艦これについて重要な打ち合わせがあると言われて、闇夜も深いこんな時間に、待ち合わせ場所として指定されたホテルのラウンジまで来た」
「そうだ」
「なぜです。アニメ艦これに特攻をしろと? 何に対して?」
「特攻なんて言葉を使うな。その言葉は、既に発行済みの艦これ関連作品の関係者向け非公開ガイドラインで使用禁止用語に指定されている。よってアニメ版艦これでも使用を禁ずる。艦これに関する打ち合わせでも使用禁止だ。例外はない」
「そもそもこの打ち合わせは何なのです? 角川の公式なものなのですか?」
「もちろん非公式なものだ。だが君はこれに従う。オタクカルチャーに属する者は例外なく、大角川の意思に反することはできない。来年度の予算がゼロになるからな。来年度があればの話だが」
「非公式ですって。では公式な仕様書にはなんと書いてあるのですか? アニメ版艦これは円盤を売るなとでも仰るのですか?」
「そんなわけがない。アニメ版艦これは角川大コングロマリットの現在の旗艦だ。討ち死になど要求できるはずがない。アニメ版艦これ製作委員会が発布する公式の仕様書には『今季アニメの覇権を取り、視聴者の心を揺さぶる大興奮の戦闘シーンと可愛らしいキャラクターをひとつに融合した、満を持して角川が放つ、最高のクオリティで革新的なエンターテインメント作品』と記載される」
「わたしは今日、その仕様を満たす素晴らしいアニメ作品を作るためにやって来ました。
艦これのヒロインは第二次大戦の艦船擬人化キャラクタたちです。彼女たちの設定と性格は、バックグラウンドとしての第二次大戦前後に実在した軍用船のエピソードと不可分です。アニメの尺は長くて短い。艦これをアニメで描くならば、第二次大戦中の実在の空母・戦艦等のエピソードを描かなければ成立しない。
あの仕様書に記載されている規制を順守しようとしたら、美少女動物園以上のことなんてできません。仮にやったとしても酷いことになる。大角川はアニメ艦これに討ち死にを要求しているとしか思えない。
わたしは今日、アニメ版艦これの暫定版仕様書に記載された各種制限の緩和と、アニメ版艦これへの大角川からの会社的支援をお願いするつもりでいました」
「そうか。なら時間を無駄にしなくて済んだ」
「太平洋戦争は難しい題材です。登場艦船の乗員を含めて関係者がまだ生きている。空襲の経験者も生きている。あらゆる利害関係者がいて、現在の日本と利害関係が切れていない。
だからアニメで太平洋戦争を描くことは難しい。まず描かせてもらえない。そこから高いハードルが待っている。
しかし、アニメ版艦これはアニメで美少女太平洋戦争が描ける大義名分、錦の御旗です。多くのファンから期待されている人気作品であり、人気作品であることから予想される大きな収益をバックに、大きな制作費と、大角川の直接バックアップ、つまり、PBO・PTA的なものの批判というプレッシャを跳ね除けるお墨付きという、事実上の規制緩和が得られる期待が高い。ある程度まで自由な内容で作る機会が与えられる。私を含め、制作スタッフは大好きな艦これが描けることと同じくらい、その表現の自由に奮い立っている。なのになぜ」
「こう考えたことはなかったのか? 大角川が本気になれば、京都アニメーションでもProduction I.Gでも、考えうる限り最高のどのアニメーション会社にも予定を開けさせることができる。島田フミカネと愉快な仲間たちをウィッチから曳き剥がして単なる妖精コンテ担当チームに割りあて、アルペジオのスタッフを制作会社ごと全員接収してきて現在鋭意制作中の劇場版は中断し、艦これの艦船の単なる3D担当チームとして割り当てることもできる。絵コンテはシャフトに、ツイッタ広報はヤマカンにやらせる。なぜ君たちが選ばれた? 一瞬も疑ったことはなかったのか。A-1ではなく、GONZOでもなく、いつもライトノベル原作の生産ラインを埋めるために宛てがわれている、急に決まったアニメ化で手配可能なスタッフとして集められた傭兵部隊の君たちに、その特権が与えられるなどと何故考えた?」
「それは、艦これの人気が3年後まで続くかどうか、人気の流動的な現在のオタク業界では確証が持てないからで...」
「まず、角川はアニメ版艦これに特別な大予算を投入しない。なぜならハイクオリティなアニメにする気はないからだ。
次に、角川はアニメ版艦これに社会的な支援をしない。なぜなら太平洋戦争に言及するような思想性の高いアニメを作る気はないからだ」
「そんなご無体な。ワンクールアニメはアンソロジーコミックスではないんですよ? なぜなのです。低予算で上手くやれというのならまだわかる。いっそ平成ガメラの初期案よろしく全編ギャグにするという手もある。お上の政治的駆け引きで企画規模に見合う予算が出ないのはいつものことです。結果的に売れないアニメなんて毎クール数えきれないほど誕生している。でも、最初から面白くないようにアニメを作れだなんて。滅茶苦茶だ。そんなものを作るのは無意味だ。」

「そんなことはわかっている。ガイドラインはそのために存在している」
「どういうことなんです」
「艦これアニメは、面白くあってはならないのだ。なぜなら、アニメが成功したとき、艦これは死ぬ。
艦これというプロジェクトの最初の設計書、そのオリジナルにはこう記載されている。
『本プロジェクトにおける意思決定は、東○プロジェクトの採った成功戦術を、製作委員会のコントロール下ですべて忠実に模倣し再現するものである』」
「それは、まさか」
「『プロジェクト艦これの責任者が、責任者だけが肝に銘じなければならないのは、本作品は東○ブロジェクトが人気ジャンルとなった理由を完全に模倣し、フォローするということだ』『つまり二次創作に豊穣な土壌を持つことは現代においてコンテンツが盛り上がるための唯一最大の必須条件である。よって艦これは二次創作設定を生み育てる次の余地を持たねばならない。盲撃ちに美少女を用意し、現実世界で複数の設定を持つ題材を美少女化(これは設定作成の省力化を兼ねる)、そして解釈の余地が広いガバガバな設定』『ここで東○プロジェクトを超えるために何より大事なのは、個人制作でなく製作委員会によるリソース分散により、ガ○ダムのように多言宇宙的矛盾を孕むこと。それを活かすために公式解釈というメインラインを提供しないこと。解釈を一本化することは艦これの未来を閉ざす。(中略)東○プロジェクトが避けているアニメ化は絶対にこれを避けなければならない』」

「私はアメリカでMBAを獲ったが、成績が良くなかったので経済が湿気り切った東方の端の島国に戻るしかなかった。今ではハリウッドムービーとは比べ物にもならない小さな経済規模しかない弱小コンテンツ市場の独占企業で重役に収まっている」
「唐突なあなたのキャラ設定は正直誰も興味がないと思うのですが...」
「だから私にとってアニメは単なる商品でありこだわりも関心もない。興味があるのはキャッシュのことだ。艦これはキャッシュを生み出す。そして私はマンガやアニメのことを知らない。マンガやアニメのことを知っているのは、この設計書を書き設計書のコンセプトの正しさをキャッシュを稼ぐことによって証明した艦これの基本戦術を策定したクリエイタだ。そして彼はアニメを成功させてはならないと書いている。わたしは艦これというコンテンツのキャッシュフローを殺すつもりはない。私は利益のことしかわからないが、利益のことしかわかっていないことはわかっている。だから、彼がアニメは失敗させろと言うなら、私はアニメのことを知らないMBAの教授が授業で教えた成功戦術よりも、彼の言葉を信じる」
「それは...私は正直、お金のことは、アニメを作るのに必要という以上に興味はありません。でも、アニメを作るからには、いえそれ以前から、艦これが好きです。私も、MBAが言うことより、艦これを作った創作者の言葉を信じたい。艦これに可能性ある未来を残したい」
「だから、死んでこい」
「すべては制作委員会のシナリオ通り、というわけですか」
「そうだ」
「...ここ、笑うところですよ」



「というやりとりが、あったのではないか、あったらいいな、でもなかっただろうな、悲しいね、というのが、僕の思いついた限りでさいつよのアニメ版艦これ陰謀論です。オッカムの剃刀的なものが一本あれば切って捨てられる妄想です」
「うーん」
「冒頭の『死んでこい』がやりたかっただけとも言う」

参考:誰もが気づいた3つの縛りと誰も気づかない2つのトリック ( http://d.hatena.ne.jp/ityou/20150327 )

艦隊これくしょん -艦これ- 艦娘型録 弐

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